デジタルネイティブ

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デジタルが当たり前の世代にとって、
風習とか習慣とか伝統とかってのがどう存在するのか、と思った。

デジタルネイティブっていう番組を深夜TVでやっていて、Webで世界中とつながってコミュニケーションをとる僕より全然若い若者が、HIVの世界会議で ウガンダの現状を訴えたり、デモの参加者を募ったり、大手企業を退職して、カップヌードル食べながら新規コンテンツを開発していたり。
いろんな現状もあるし、実際に日本でも身近にありそうな出来事でもあった。

ネット中継でお葬式。ネットでお見合い。ネットで電報。ネットで就職面接。

善し悪しはとりあえずおいておいて、あり得ないって言い切れないこのモヤモヤ。
世界のフラット化で、様々な可能性が未来を描き出せる。
今、自分がやってることも対して違いもない。
そこに礼儀とか人徳があるかどうかなのかもしれない。
メールで「今日は早退します」みたいな。


たくさんの情報や知識を交換し合えて、
尚かつ、お互いの印象やイメージなども交わし合える。
その気になれば実際に会う事もできるわけで、それは実際にすばらしいこと。
こっちからアタックもできれば、誹謗中傷を受けてしまうことも。
可能性が無限なだけ線引きもうまくできていない世界。
だから平気で新しいルールも生まれるし、より独自のコミュニティが形成される。
その区別や境目が、現実世界でも持ち込まれ組み合わされ、よくわからない常識が生まれてしまう。

んー、ダメだな。何が言いたいのか分かんなくなってきた...。
とりあえず、現実でも非現実でもデリカシーは持ちたい。
いや、そんな当然な事を言いたいわけじゃないんだけどw

なんだか番組にあてられた感じデス。

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このページは、aghomeが2008年11月13日 02:51に書いたブログ記事です。

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