「マーケティングの本質は、変化してない」を読んで感じたこと

残念ながら自分はマーケティング領域でビジネスをしていない。
しかしコミュニケーションを軸とする広告制作物をデザインしているからには、
知り得て当然のリテラシーである。そうあるように願いたい。(努力しますっ)

無知で素人な自分でも、こちらのブログ記事には感心させられた。

UCCのTwitter炎上について。みんな考え過ぎ(ぼくも)

http://am6.jp/bCy88A

抜粋 ——-

マーケティングの本質は、変化してないです。

そもそもマーケティングの生い立ちは「市場の声を聞くこと」だったんですから。
マー ケティングの本質は市場(生活者、消費者と昔はいった)の声を聴いて商品を企画し、生産し、販売しようとするために生まれたのです。
はい。それま では単に工場で大量生産していた工業化時代だったわけです。

そのMKGの誕生時から、マスメディアが発達し、ここ10数年インターネット が台頭して、急激にマーケティングの手段が変化(技術的に高度化・多様化)して、たくさんの一般人の声を(聞こうと思えば)聞きやすくなったわけです。

1:N のマスメディア時代から、
N:Nのソーシャルメディア時代への進展ですね。
でも、マスメディアは不要になりませんし、無くなりません。

中略 —

インターネットと「つながるための技術」の進化によって、
企業(大企業から零細企業、NPOなど)も人(社長さんも平社員も。有名人も無名人も) も、すべてがフラットな世界(関係)になることが可能になった。

情報リテラシーのある人は
マスメディアもソーシャルメディアもモ バイルメディアも
クチコミも対人関係もすべてを上手に活用して、
自分の知識や経験を価値に変えて、さらにはマネタイズしています。

情 報のネットワークがとんでもなく発達して毛細血管のように緻密になった今、
情報の受発信がとんでもなく容易になった。

単に情報を 共有するのではなく、人(企業も)にとっていちばん価値のある「感動」を創造・共有・シェアできるようになる(人それぞれの自律性次第ですが)。

そ の意味では本当にテクノロジーやメディアを理解して
「自分から何かをやりたいと思い、行動する人にとっては、
こういう環境ってのはワクワ クするでしょうし、
その意味では良い時代になりつつある」と思いますね。

——- 以上

とても納得してしまったというか、例えばtwitterをやっていてもその「感動」が度々起こる。
自分の敬愛する方や第一線のベンチャー企業の社長や同業者の同い年の方まで、自分の興味ある方の日々の現状や想いがいつでも容易に知り得る事が出来る。
これってとてつもない感動だと思うのです。

ずっと本を買ってその方の言葉ひとつひとつを噛み締めていた学生時代からして、その方の日々の日常やその日出会った感動を共有出来る。もちろんその方がソーシャルで情報を発信しているリテラシーの中で動いている事が必須ではあるのだけれど。
それだけ価値を見出していると言えるし、その手段も考え方の一つ。
上手に道具として利用している訳です。
その方法や考え方は自分もまったく同じ事が出来る、そのすばらしさ。
まさにフラットなステージで共に交差出来る喜びはこの上ない。
身分や年齢も関係なく魅力的な情報は共有され様々なメディアを通じて発信されてゆく。
マーケティングとはどのようなメディアにもしばられず目的のバックグランドを知り得る方法だと思うのです。
今でさえソーシャルなネットワークが重宝されピックアップされていますが、必要な軸はやはり「人」なのだと思います。
発信する「人」と受信する「人」。
それの間を取り持つものがメディアであり情報ネットワークなはずです。

ならばその情報送受信方法にしばられることなく、常にフラットな視点と俯瞰した姿勢でデータを観察しなければ正確なものは見えてこないと思うのです。
自分はラジオも聞くしテレビも見る。もちろんインターネットを通じたニュースも見るし人からの意見も大事にします。新聞も毎日読むし雑誌も読む。重要なのは受け手側の環境なはずです。
マーケティングはそこから考えていかないと偏った結果にならざるを得ない気がします。

もちろん発信する側もそれを意識するからこそ、ニュートラルな選択が可能になり、新たな伝達手段が生まれてくると思います。

偏らず、可能な限り俯瞰した視点で制作をしていたいし、自分も受けて側の一人として必要な情報とは何かと意識していたい。それが自分の方向性を位置づけるとすら感じています。